キャンプ&ドライブ日誌
(2)昔のキャンプ&ドライブ日誌
10)ゆめの第一歩【成田ゆめ牧場オートキャンプ場】1996年9月
<かみさんの主治医の先生とキャンプ場へ>
「9月15日に、T先生が、ヨーロッパ旅行の写真交換会を”成田ゆめ牧場”で開こうって言ってるの。バーベキューやりながら、旅行を振り返りましょうって!」
「へえ、15日かあ。でも、バーベキューみたいなことして、紫外線が患者さん達に変な影響与えないのかなあ?」
「屋内のバーベキュー場があるんだって。先生が、みほこが遊べるように、ゆめ牧場を選んだらしいの。」
「そうか。ちょうど3連休だよな。よし、今年はまだゆめ牧場に行ってないし、その日はキャンプ場に泊まることにしようか?」
こんな会話から、1年ぶりの成田ゆめ牧場でのキャンプが決まった。かみさんにとって、テント泊キャンプ自体1年ぶりになる。

T先生は、膠原病を患っているかみさんの主治医の先生だ。膠原病は、免疫システムが自分の細胞を攻撃してしまう病気で、まだ病気を完治させられる治療方法は見つかっていない。患者は、疲労や紫外線、寒さなどに注意しながら、療養生活を送らなければいけない。したがって、海外旅行なんかは、行きたくても遠い夢だった。
先生は、患者達のこうした声を聞き、自分が引率してやればその夢もかなうだろうと、3年前からヨーロッパ旅行をプライベートに企画しているのだった。かみさんも、いつかは自分もヨーロッパで自由に現地の人達としゃべってみたいと、去年からフランス語を勉強しはじめた。そして、今年の7月下旬、イタリア・スイスの旅で夢の第一歩を実現してきたのだった。

かみさんは、時間と都合さえ許せば、キャンプサイトの方に先生を呼んで、”タコ焼き”を御馳走しようと張り切っている。ぜひ、私の方からも、久しぶりに先生に会ってお礼を言いたかった。
”タコ焼き”をキャンプでやるのは初めてだ。先日、実家の流し台の補修をした時、なんと25年ぶりにタコ焼き器が見つかり、そいつをもらってきたのだった。かみさんは、タコとお好み焼きの素とでタコ焼きの練習を始めた。その爪楊枝さばきは、あっという間に一人前のタコ焼き職人になってしまった。タコ焼き器の型がさすがに古いせいか、今日のタコ焼きに比べ小ぶりではあるが、タコをふんだんに使ったタコ焼きは、お祭りの時の屋台のものよりは確実にうまい。

<キャンプ未体験の友人達は最新のキャンプ装備にびっくり!>
3連休2日目。 当日の朝は早目に出る。11時半からバーベキューが始まるので、1時間前には到着して設営を開始しなければいけない。父とは、現地で合流することにした。
3連休の初日の昨日までは、雨風ともに強かったので、キャンプをしている人も少ないはずだろうが、天気の回復した今日は早い時間から混むはずだ。かみさんの話では、450組くらい予約がはいっているらしい。
ゆめ牧場駐車場に10時半に到着し、父と合流する。キャンプ場に向かう小高い小道からは、色とりどりのテントやタープのモザイクが通常の倍以上に広がっているのが見えた。
受付を済ませ、早速設営を開始する。かみさんと娘は、先にバーベキュー会場に行ってもらった。
風がひどく強い。スクリーンテントにはフルに張り綱を施し、またテントの上に張ったタープには張り綱を3本ほど追加した。しかし、にわかにかき雲ったと同時に吹いてきた突風に、1本のペグはすっぽり抜けてふっとんだ。
ひゃー、あぶない、あぶない! 人や車に当たらなくてよかった....(^^;)

こんな調子で設営には、かなり時間がかかった。徒歩10分位のバーベキュー会場に私自身が行けたのは、1時であった。宴たけなわの中、まずはT先生に挨拶する。その後は、かみさんの紹介でひたすら挨拶の連続。さて、腹減ったと椅子を見渡すとあいにく満席状態。娘のみほこはどうしているかと聞くと、お友達とフィールドアスレチックに忙しいらしい。ま、ここはひとまず退散しようかと、そそくさとサイトに戻る。
サイトに戻り、父とビールを飲みながら、カップラーメンと牛乳パンを食べた。その後は、かみさん達が戻ってきて横になれるように、エアベッドと秘密兵器のテント内コットの準備だ。
エアベッドは、相変らず空気を入れるのが大変だ。15分間ポンピングの上下運動を続けると、この季節でも汗だくになる。使って1年しかたっていないのに小さな亀裂ができてしまい、前回のキャンプでは少しずつ空気が夜中に抜けて、朝起きる頃には完全にしぼんでいた。接着剤で留めたところから漏れはないかと確かめる。よし、大丈夫だ。
サウスフィールドのテント内コットは、GIコットに負けず劣らず設置が楽だった。横になると、寝心地は非常にいい。

そのうち、かみさんが先生と奥様、そして患者の友達たちを連れてやってきた。
「いやあ、ダンナさんお久しぶりですねえ。すごい数のテントですね。私は、てっきり2、3個のテントが小さな広場でかたまっているのを想像してましたよ。わっはっはー!」
先生は、大声で笑った。

昔の学校のキャンプを除いては初めてキャンプ場にやってきたという患者の友人の一人は、もうあまりのキャンプのイメージの違いにびっくり。
「ねえ、寝る時はこの蚊帳みたいなテントの中で寝るの?」
「いやいや、こちらのドーム型のテントですよ。」
「あら、中はふわふわの空気ベッドなの? すごいわね!」

<いい先生との出会い>
サイトの前で皆で写真を撮った後は、患者さんの友人達は帰っていった。先生と奥様は、「じゃタコ焼きをいただいた後で帰ろう」としばらく残ってくださった。
かみさんがタコ焼きを作る傍らで、ようやくゆっくり先生にお礼が言えた。先生がプライベートな時間をさいて企画してくださった旅行をきっかけに、かみさんはフランス語の勉強を始めた。ラジオ/テレビ講座から始まり、通信添削まで手を広げた。勉強を続けるうちに、今までの病気中心の生活から、世界が広がっていった。そして、仏検5級、4級に合格。これが大きな自信になった。今では、フランス語フォーラムでラジオ講座のディクテにも取り組みながら、仏検3級を狙っている。7月のヨーロッパ旅行でも、フランス語が公用語のひとつのスイスで、現地のおばあちゃんとレマン湖の遊覧船で長々と会話を楽しんできたらしい。自信が付くにつれ夢も大きくなる。今は、単に旅行して会話を楽しむこと以上の夢を抱くようになった。 そしてその将来への夢は現在のつらさを忘れさせ、ここ半年くらいのうちにびっくりするほど元気になったのだった。蛇足ながら、かみさんの頑張りに刺激され、英語の勉強にようやく身が入るようになった私も、TOEICでコンスタントに750前後をマークできるようになった。
すべては、ヨーロッパ旅行の企画から、運命の歯車が好転に向かっていったと思えるほどだった。

「いやあ、私の好きな旅行が、いい方向に役立ってよかったですよ。昔ドイツに留学して以来、ヨーロッパ特にスイスあたりの山々に魅せられちゃいましてね。しかし、最近大学の授業も掛け持ちになって、寝る間もないくらい忙しくなったので、今年が最後と思っていたんだけど、やめられなくなっちゃうなあ。」
「本当にありがとうございました。会社なんかの論理だと、”もしものことがあった時、責任とりきれんだろう”なんてことになって、先生のようなことはできないことが多いんですよ。」
先生は苦笑いしていた。
「しかし、最近の子供はいいねえ。こんなキャンプに連れていってもらえて。医者の家族というのは、ある意味じゃ不幸でね。土曜日も大学に行かなくてはいけないし、私はさっぱり家族サービスをしてやれなかったんですよ。」
きれいな奥様も大きくうなずかれる。先生の奥様は、フランス語の通訳の仕事をされている。結婚して、子供を育てる傍ら勉強を続けられたとのことだった。かみさんは、いろいろ参考になることをバーベキューの席上で教えてもらったそうだ。

夕日が西の果てに落ちていく。このキャンプ場の夕日はとても美しい。オレンジ色の光が私達の顔を照らし、影がますます伸びていく。
先生達は、崩れかけた(^^;)タコ焼きを食べた後、帰られた。

「あーん、肝心な時にタコ焼き失敗したあ!」
「ははは、そんなもんさ。さて、夕食の準備でもするか。」

<星のきれいな夜>
夕食はキムチ鍋にした。昼のバーベキューの材料が余ったとのことだったので、肉野菜炒めも作って、明日の朝食にすることにした。夕方帰ってきてからずっとテントで眠っていた娘も起きてきた。
「かんぱーい!」
先生とも十分に話ができ、晴れ晴れとした気持ちで乾杯をした。そして、やはり、かみさんも揃ってのキャンプこそ本当のキャンプだと思った。ランタンの光が、ほのかに私達家族の笑い顔を照らしていた。
あちこちのタープの下でも、賑やかな夕食が始まっていた。ふいに小学生くらいの女の子の声が聞こえた。
「ねえねえ、お父さん、きれいな星よ! こんなきれいな星は見たことないわ!」
つられて娘とスクリーンテントの外に出ると、星が輝いていた。まだそれほど光は放ってなかったが...
「ねえ、ねえ、お父さん、星がきれいだね。」 娘も言った。
夜9時には床にはいる。しかし、ちょっとエアベッドがおかしい。空気が少々抜けてきている。空気が冷えてしぼんだのだろうか? 念のため、空気を補充しておく。
寝袋にはいってもなかなか寝付けない。でもかみさんと娘は、ほどなく眠った。そのうち私も眠りの中へ....
目が覚めたのは夜中だった。気がつくと、エアベッドの空気は半分になっていた。エアベッドにできた亀裂は1つだけではなかったのだ! ちくしょう! たった1年でこれかよ! 空気を入れ直しても無駄なのでほおっておくことにした。トイレのためテントから出る。夜空を見上げると、冬の代表的星座のオリオン座が空高く上がっていた。それは、氷のきらめきのようにきらきらと美しい光を放っていた。

<快眠作戦大失敗!>
翌朝も、いい朝を迎えることが出来た。かみさんも起きてきた。
「おい! どうだった? キャンピングベッドの寝心地は? よく眠れたか?」
「キャンピングベッドの寝心地は悪くなかったの。」
ほれ、見ろ! 作戦成功だと思った瞬間、言葉が続いた。
「でも、あなたのいびきがうるさくて、途中で目が覚めちゃったの。ああ、眠い。」
ああ、何という盲点! (T_T)
娘も目を覚ましたようだ。 怒っている。
「お父さん! ベッドしぼんじゃったじゃない!」
私の快眠大作戦は、あっけなく幕を閉じた。
朝食が済むと、かみさんが昨日失敗したタコ焼きに挑戦した。今度は、とてもいい形に仕上がっていく。食べるとウマイ! 父も大喜びで、10個以上平らげてしまった。父は、俳句の会の準備で来れなかった母へも、数個をおみやげとして持ち帰ってしまった。
タコ焼き会もすむと、残りは後片付けだけだ。連休も最終日。のんびりと後片付けをする。GIコットに寝転がって、大空を見上げる。雲がゆっくりと流れていくのを眺めると、何だか心まで広くなっていくようだった。
「あの、赤い飛行機は何?」 娘の声が聞こえる。 ここは、成田空港が近いので国際線のジャンボ機がよく見えるのだ。
「みほちゃん、あれはスイス航空よ!」 かみさんが教えてあげている。スイスで見た朝日に金色に輝くマッターホルンでも、二人で思いだしているのかな?
飛行機は、青い空を遠く遠く飛んでいき、最後に見えなくなっていった。
風が、コットに横になった私を包むようにして流れていく。それは、川の中に足をつけてうたたねしているかのように心地よいものだった。同じようにコットに寝ころんでいた父も思わずつぶやいた。
「いい風が吹いている。」